函館文化会(会長 金山正智)では、文化振興事業の一環として毎年「講演会」を開催していますが、今年は10月16日(土)函館市中央図書館視聴覚ホールを会場に開催しました。新型コロナウイルスの非常事態宣言が解除後での開催となり、入場者数を定員の半分程度に設定するなどの感染対策防止を図るなどしての開催でしたが、多くの会員、市民の皆さんに参加をいただき盛況裡に終了いたしました。

今年の講演会は、元(株)ニチロ取締役東京支社長加藤清郎氏を講師に迎え、「北洋漁業と函館~日魯漁業創業者堤 清六氏 没後90年にあたって~」を演題に、戦前・戦後の昭和年代を通じて函館の地域経済を支える基幹産業であった北洋漁業の礎を築いた日魯漁業創業者であった堤清六や彼を支えた函館出身の平塚常次郎との出会いの話を「北洋の名勝負」というタイトルのビデオ映像や地図などを使い、エピソード、裏話などを交えて解説いただきました。

加藤氏は、日魯漁業はブロンゲン岬での堤清六と平塚常次郎の出会いにより新潟に堤商会を設立し、帆船「宝寿丸」に乗ってカムチャッカに向かい漁場の開拓を進めたことから始まり、戦前の昭和期では、北洋漁業の漁場もカムチャッカ半島やロシア沿岸、占守島などの千島列島へも拡大したが、ロシアのデンビー商会との対立があり、日本海軍の護衛を受ながらの操業もあったとのこと。さらに、堤商会は、カムチャッカの権益確保のために三社の企業合同という規模の拡大を図り、名前を日魯漁業したこと。
また、戦後の昭和期、昭和27年に北洋漁業が再開されたものの、その後、200海里問題などから昭和63年を以て北洋サケ・マス母船式操業が終了したが、「あけぼのサケ缶詰」が誕生110年を迎えた今も販売されており、北洋漁業時代からの伝統が引き継がれていることを話されていた。

加藤氏は、父方が堤清六と母方が平塚常次郎とそれぞれの血筋に当たられることもあり、函館の街を支えてきた北洋漁業と函館の関わりについての熱意のこもった話しに聴講された皆さんは吸い込まれるように聞き入っていました。
会場には堤清六が帆船「宝寿丸」でブロンゲン岬に着いたときに写した写真を元に、画家木村捷司さんの作成した絵画を展示させていただきました。
また、この講演会を機会に、北洋漁業に関する多くの資料を展示しています「函館市北洋資料館」も合わせてご覧いただければと、聴講された皆さんに「北洋資料館入場観覧券」をプレゼントいたしました。
今回も新型コロナウイルス感染防止のため入場制限や感染防止実施のため、来場された皆さんにご不便をお掛けした場面もありましたが、ご協力に感謝します。
コメント